49%後ろ向きに、51%前を向いて進む——すべての迷える大人に贈る、不朽のモラトリアム群像劇『イエスタデイをうたって』

レビュー

大学を卒業して、コンビニでバイトをしている。

好きな人がいるけれど、踏み出せない。

やりたいことがあるような気がするけれど、よくわからない。

冬目景著『イエスタデイをうたって』(全11巻)。

1998年から2015年まで、18年をかけて描かれた物語。

劇的な事件は起きない。でも、読んでいると胸が痛くなる。なぜかはわからないけれど、どこかで「ああ、自分のことだ」と思わせてくる。

迷いながら生きている人に、そっと寄り添ってくれる漫画です。

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あらすじ:不器用すぎる4人の、交わりそうで交わらない歪な四角関係

舞台は1990年代後半から2000年代にかけての、新宿近郊の私鉄沿線。

魚住陸生(リクオ)は、大学を卒業してもコンビニバイトを続ける青年。カメラが好きだけれど、それを仕事にする踏ん切りがつかない。好きな人がいるけれど、告げられない。

そのリクオが片思いしているのが森ノ目 榀子。高校の教師で、穏やかで理性的な女性。でも彼女には、かつて亡くした幼馴染の存在がずっと心に引っかかっている。

ある日リクオの前に現れるのが、カラスの「カンスケ」を連れた風変わりな少女野中晴(ハル)。真っ直ぐで、どこか傷ついていて、リクオに一方的とも言えるほどの好意を向けてくる。

そして、榀子の亡き幼馴染の弟早川浪(ろう)。美大を目指す高校生で、ずっと榀子のことが好きだったが、兄の影を追う自分への苦悩と向き合い続けている。

全員が誰かを想っている。全員が踏み出せないでいる。

この4人の歪な四角関係が、十数年という時間をかけて、ゆっくりと動いていきます。


胸が締め付けられる! 本作が時代を超えて愛され続ける3つの理由

タイパ主義には真似できない。白黒つけない「もどかしさ」が愛おしい恋愛描写

この漫画には、スカッとする告白シーンがありません。

劇的な決断も、感動的な和解も、きれいに整理された感情も——そういうものが、意図的に排除されています。

リクオは榀子が好きなのに、なかなか動かない。ハルはリクオに好意を向けるけれど、どこか傷つくことに慣れている。榀子は誰かと向き合おうとしながら、過去に縛られている。

全員が49%は後ろを向いている。

でもそれが、ひどくリアルなんです。現実の恋愛だって、白黒なんてつかない。好きかどうかわからないまま時間が経ち、気づいたら何かが変わっていたり、変わっていなかったりする。

この「もどかしさ」を、愛おしいと感じられるかどうか——それが、この漫画と相性がいい読者かどうかの試金石だと思います。


誰しもが通る「何者でもない時間」の焦燥感と、寄り添ってくれる優しさ

リクオは「大卒コンビニバイト」として、作中でもたびたびその立場を気にします。

周囲は就職し、結婚し、前に進んでいく気がする。自分だけが取り残されているような、漠然とした焦り。でも、だからといって何かを変える決断もできない。

このモラトリアムの空気感を、冬目先生は怠惰と断じません。

急かさない。説教しない。ただ、そういう時期があることを、そっと肯定してくれる。

『ハチミツとクローバー』なんかが好きな人なら、この空気に必ず惹かれるはずです。「何者でもない時間」の焦燥感と孤独を、こんなにも静かに、深く描いた漫画は他にあまりない。


冬目景先生の真骨頂。フィルムカメラのように静かで美しい、世紀末のノスタルジー

冬目先生の画力は、圧倒的に「空気」を描きます。

深夜のコンビニの蛍光灯の白さ。フィルムカメラのファインダー越しに見える街。レトロな喫茶店のカウンター。駅のホームで電車を待つ、誰かの後ろ姿。

そういうものが、モノクロのページに陰影豊かに描かれている。

1990年代後半から2000年代のあの時代の空気——スマートフォンがなく、写真を撮るとき少し覚悟が必要で、誰かに連絡するにも少し時間がかかった、あの頃の「間(ま)」が、作品全体に漂っています。

当時を知る人には懐かしく、知らない人には不思議なほど郷愁を感じさせる。フィルムカメラで撮られた写真のような、静かで美しい世界観です。


18年間の連載が着地した、11巻ラストシーンの切なくも爽やかな余韻

ネタバレは避けます。ただ、一つだけ言わせてください。

ハルも、リクオも、榀も、浪も——全員が、悩み抜いた末に、自分なりの答えを選びます。

それは劇的でも、華やかでもない。誰かの期待に応えるわけでもない。でも、確かに「その人が選んだ道」として、胸に刻まれる結末です。

全11巻を読み終えた後に押し寄せてくるのは、一つの青春が終わったような、静かで圧倒的な余韻。

しばらく、現実に戻れなくなります。


まとめ:現世に迷い、立ち止まってしまったときに開きたい

急いで答えを出さなくていい。白黒つけなくていい。踏み出せない自分を、責めなくていい。

『イエスタデイをうたって』は、そういうことを、18年分の時間をかけて静かに伝えてくれる作品です。

現世に迷い、立ち止まってしまったときに開きたい。読むたびに心のピントが合う、最高の傑作です。


冬目景『イエスタデイをうたって』/ 集英社(全11巻)

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