「ドル研だって野球部みたいなキッラキラの青春したい!」
この一言を読んで、グッと来ませんでしたか?
矢寺圭太著『ずっと青春ぽいですよ』(講談社)。
タイトルに「ぽい」とついているけれど、読み終わったとき確信します。
これは「ぽい」じゃない。本物の青春だ。
あらすじと、愛すべきドルオタ3人衆&陽キャギャルたちのキャラクター紹介
アイドル研究部(通称・ドル研)の部長・山田(高3)は、ずっとひとりぼっちだった部に新入部員が2人入ってきたことで、何かが変わる予感がしていた。
一緒に集まった杉森と河野を含め、ドルオタ3人衆が掲げた目標は一つ。
文化祭でアイドルをプロデュースし、コンサートを成功させること。
ここに絡んでくるのが、部室に入り浸るようになる陽キャギャルたちです。ニャコとクロエ——彼女たちはオタク趣味を否定しない。むしろ、自分の意志でどんどん巻き込まれていく。
そして3巻からは、作曲ができる1年女子・鈴原舞(まいまい)も加入し、ドル研はオリジナル曲制作という新たな夢へ向かいます。
山田とまいまいのエモすぎる出会いは、SNSで2900万PVを記録するほど話題になりました。
悶絶と感動が止まらない! 本作が全オタクの胸に刺さる3つの理由
都合の良い妄想じゃない! 「お互いの好き」を認め合うリスペクトの精神
ギャルたちが、オタク男子に優しい。
でも——ただの「オタクに都合のいい美少女」じゃありません。
ニャコもクロエも、自分の意志を持っている。流されてドル研に関わるんじゃなくて、「面白そうだから一緒にやる」という能動的な姿勢で巻き込まれていく。
オタク男子たちも、ギャルの存在を「なんか来た」と受け流さない。彼女たちをちゃんと仲間として扱い、それぞれの個性をリスペクトしていく。
この**「お互いが対等に認め合っている」**関係性の尊さこそが、この漫画の心地よさの根っこにあります。
公式が「オタクにやさしいギャル」ではなく「オタクにやさしいギャルじゃない、ならなんなんだーーーーーー!?」と自ら問い直しているくらい、このキャラクター造形は本気で丁寧に作られています。
温泉合宿に泥臭い練習! 本気でアイドルプロデュースに挑む熱いストーリー性
この漫画、ふわっとした「青春ごっこ」じゃないんです。
練習する。ぶつかる。悩む。また練習する。
温泉旅館でのアイドル研究部合宿では、練習だけじゃなく、花火に川遊びに肝試しまで、やれること全部大満喫しながら——その最終日に、しっかりとした感情の山場が待っています。
夏になっても受験そっちのけで音楽にのめり込んでいく山田たちの姿。オリジナル曲を作って、みんなに聴かせたいという純粋な熱量。
成功も失敗も普通の日々も、全部が青春。
その積み重ねが、文化祭のステージへと向かっていく。ライブシーンの「夜が明けるような感動」は、この泥臭い日々があるからこそ輝きます。
「ぽい」の枠を超えていく。何かに夢中になったことがある人全員に刺さるカタルシス
クラスの主役になれなかった。目立つ場所に立てなかった。それでも、好きなものだけはある。
そういう記憶が、誰にでも少しはあると思います。
ドル研の3人は、野球部でも軽音部でも陸上部でもない。でも、「アイドルをプロデュースする」という自分たちの「好き」で、キッラキラの青春を作ろうとしている。
その姿がどれほど眩しいか。
タイトルの「ぽい」は、最初は自嘲かもしれない。でも読み進めるうちに、そのタイトルの意味が変わってきます。これは「青春ぽい何か」ではなく、本物の青春だったんだと気づく瞬間があります。
その瞬間が、たまらなく好きです。
矢寺圭太先生の優しく美麗な筆致が描き出す、イキイキとした表情の魅力
『ぽんこつポン子』でも発揮された矢寺先生の画力は、本作でも全開です。
クスッと笑えるオタクあるあるのコメディシーンと、ライブに向けて真剣な顔をする山田たちのシリアスな瞬間。この緩急の切り替えが、本当にうまい。
特に、キャラクターたちが「好きなものの話をしているとき」の顔が最高に輝いています。オタクが全力でオタク語りをする時の、あのイキイキとした表情——矢寺先生の漫画には、それが確かに宿っています。
まとめ:読み終わったあと、自分の「好き」に誇りを持てる
「キッラキラの青春」は、野球部だけのものじゃない。
好きなものがあれば、誰にでも、どんな場所でも、青春は始められる——そのことを、この漫画は全力で証明してくれます。
読み終わったあと、間違いなく自分の「好き」に誇りを持てるようになる。
大傑作です。全人類、読んでくれ。
矢寺圭太『ずっと青春ぽいですよ』/ 講談社


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